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岡山地方裁判所 昭和56年(ワ)649号 判決

原告

寺西重信

被告

青木章

ほか二名

主文

一  被告らは原告に対し、各自、一、一四〇、八〇七円及びうち一、〇二〇、八〇七円に対する昭和五六年六月三日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用はこれを五分し、その二を原告の負担とし、その余を被告らの連帯負担とする。

四  この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告らは原告に対し、各自、一、九八七、八七五円及びうち一、六九七、八七五円に対する昭和五六年六月三日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

3  仮執行の宣言

二  請求の趣旨に対する被告らの答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  事故の発生

(一) 日時 昭和五六年六月三日午後五時四〇分ごろ

(二) 場所 倉敷市児島下の町八丁目五番一五号先県道交差点

(三) 加害車 (1) 普通乗用自動車(岡五七ち四九一五)

右運転者 被告鈴木

(2) 普通乗用自動車(岡五六す四三五四)

右運転者 被告青木

(四) 態様 被告鈴木運転車が、右交差点を右折中の被告青木運転車の側面に衝突し、両車とも原告所有の別紙物件目録記載の家屋(以下「本件家屋」という。)に飛びこみ、同家屋を損壊した。

2  責任原因

(一) 被告鈴木は追越の際の前方注視義務違反の過失により、また被告青木は右折の際の右後方の確認義務違反及び右折指示懈怠の過失により共に本件事故を発生させ、両車を本件家屋に飛びこませたものであり、いずれも不法行為に基づく損害賠償責任を負う。

(二) 被告池本は、人夫請負業を営んでおり、被告鈴木を運転手として雇用していたものである。本件事故は、被告鈴木が被告池本の指揮命令に基づき、被告鈴木運転車で人夫を送つての帰りに発生したものである。

したがつて、被告池本は被告鈴木の使用者として、民法七一五条の使用者責任を負う。

3  損害

原告は本件事故により、次のような損害を被つた。

(一) 物損について 計九二八、五〇〇円

(1) 本件家屋修理費 四七三、〇〇〇円

(2) クーラー修理費 二九四、〇〇〇円

(3) ミシン台パフ487/489(一台) 五〇、〇〇〇円

(4) クイツクゲージ(一台) 八五、〇〇〇円

(5) 本立(一本) 一一、五〇〇円

(6) 本箱(一本) 一五、〇〇〇円

(二) 営業損害について 計二六九、三七五円

(1) 店の閉店による損害 二六〇、〇〇〇円

(2) コカコーラ販売休損 九、三七五円

(三) 慰藉料について 五〇〇、〇〇〇円

原告は昭和五六年五月二六日から「岡山サンコー」の名称でミシンの販売、修理をする店舗の経営を開始したものであり、開店後間もなく発生した本件事故により営業が全く不能になつた。

また原告は、本件事故により右前腕挫傷、擦過傷(全治約七日)の傷害を受けた。

以上により原告は著しい精神的苦痛を被つたものであり、これを慰藉するには五〇〇、〇〇〇円が相当である。

(四) 弁護士費用 計二九〇、〇〇〇円

(1) 着手金 一二〇、〇〇〇円

(2) 報酬(認容額の一〇パーセント相当) 一七〇、〇〇〇円

4  よつて、原告は被告らに対し、不法行為に基づく損害賠償として、各自、一、九八七、八七五円及びうち一、六九七、八七五円に対する本件事故当日である昭和五六年六月三日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を支払うことを求める。

二  請求原因に対する被告らの認否

1  請求原因1の事実は認める。

2  同2の事実はいずれも否認する。

なお、被告青木は以下の主張をした。すなわち、被告青木は、右折すべく交差点の二―三〇メートル手前で右折の合図をして、減速徐行の上、右折進行しようとしたところ、被告鈴木が、これを追い越そうとして、衝突に至つたものである。本件事故発生の交差点付近は、追越が禁止されており、右折の合図をした上減速している被告青木運転車を追い越すとは予想し得ないのであり、後続車があえて右側から追越をかけることはないものと信頼して、右後方の注意をしなかつたのであるから過失はない。

右事実に対する原告の認否 否認する。

3  同3の事実はいずれも否認する。

第三証拠

本件記録中の証拠に関する目録に記載のとおりであるから、これを引用する。

理由

一  事故発生について

請求原因1(事故の発生)の事実については、いずれも当事者間に争いがない。

二  被告鈴木及び被告青木の責任について

いずれも成立に争いのない甲第五号証の一、二、第六ないし第一〇号証、第一二号証、第一五号証、被告青木本人の尋問の結果(一部)を総合すると、本件事故は次のような状況の下に生じたものであることが認められる。

本件事故発生の交差点付近は追越禁止区域であるところ、被告青木は、右折すべく交差点の手前約一一メートルの地点で、後方確認をし、右折のウインカーを出し、次第に減速した。この時点で被告青木は後方約一三メートルの地点に被告鈴木運転車を認めたのであるが、この付近が追越禁止区域であり、また先行する自車が右折の合図をしている以上、もはや無理な追越はしないだろうと判断した。そのため交差点の直前に至り、右折を開始した際には、対向方向及び右折進行方向のみを注意し、右後方の安全確認をすることなく、右折を開始した。

一方、被告鈴木は、先行車である被告青木運転車が次第に減速するのを認め、同車が本件事故発生の交差点付近に停止するものと速断し、これを追い越すべく自車を道路右端に寄せ、さらに加速して、先行車である被告青木運転車の動向に注意を払うことなく追い越そうとしたのであるが、被告青木運転車が右折を開始したのを認め、直ちにブレーキを踏んだものの間に合わず、自車の前部を被告青木運転車の右側面に衝突させたものである。

右の事実が認められるのであつて、被告青木本人の供述中、右認定に反する部分はたやすく措信し難い。

そこでまず、被告鈴木の不法行為責任について判断するに、前認定に照らせば、同被告には、前方不注視のまま、漫然と先行車を追い越そうとした過失があり、右過失により本件事故が発生したことは明らかであるというべきであるから、被告鈴木は不法行為責任を負わなければならない。

次に、被告青木の不法行為責任について判断する。この点につき、被告青木は、同被告が本件交差点の二―三〇メートル手前で右折の合図したことを前提として、交差点における右折車の後続車に対する信頼の原則の適用を主張し、自己の過失を否定する。しかしながら、被告青木は、前認定のとおり、本件交差点の約一一メートル(法規上は三〇メートル)手前の地点に至つてはじめて右折の合図をしたのであつて遅きに過ぎるのみか、その時点において後続車である被告鈴木運転車を認めながら、その後右折を開始した際には右後方の安全確認をしなかつたことが明らかであり、かつ、被告鈴木運転車が被告青木の予測し難い異常な運転をしたとまでいうことはできないのであるから、被告青木にも過失があるものというべく、右主張はとうてい採用し難い。したがつて、本件事故は被告鈴木、同青木両名の過失の競合によつて発生したものといわなければならない。

三  被告池本の責任について

前掲甲第九号証、第一五号証、被告池本本人の尋問の結果によると、被告池本は、人夫斡旋業を営んでおり、年間数回の亘り、企業(三菱化成、旭化成等)の方の要求に従い、人夫を集める仕事をしていたこと、昭和五六年三月ごろ、集めた人夫を企業まで送りとどけるために八人乗りのマイクロバス(本件の被告鈴木運転車)を購入し、その運転者兼人夫として、被告鈴木を雇い入れたこと、同月中に約二〇日間及び同年五月に約一五日間、三菱化成から仕事が入り、被告鈴木は被告池本が集めた人夫を前記マイクロバスで送迎し、現場では人夫の一人として働いたこと、このような仕事がないときは、被告鈴木は被告池本の紹介先(綾野工務店等)に臨時で働きに出ていたのであるが、その間、被告池本は自己に運転免許がなく、かつ被告鈴木が自己の近所でもあるところから、前記マイクロバスを被告鈴木に自由に使用させていたこと、そして本件事故は、被告鈴木が倉敷市の綾野工務店の仕事の行き帰りに前記マイクロバスを使用していたところ、仕事からの帰りの買物に行く途中に惹起したものであること、以上の事実を認めることができ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

右認定の事実を前提とすれば、被告池本は、被告鈴木を、仕事があるときに前記マイクロバスの運転者として使用しかつ、将来に亘つても使用しようとしていたことが認められるのであり、したがつて、被告鈴木は前記マイクロバスの運転者として継続的に被告池本に使用されていたというべきである。

そこでさらに、本件事故が、被告池本の事業の執行につき生じたものであるか否かという点につき検討するに、民法七一五条にいう「事業の執行に付き」とは必ずしも被用者がその担当する業務を適正に執行する場合だけに限られず、被用者の行為が、外形的、客観的に被用者の職務行為の範囲内に属するものと認められる場合も含まれるものと解すべきであるから、本件事案のように、被告池本の仕事がない期間であつても、同被告が被告鈴木に前記マイクロバス使用の許可を与えて、その紹介した仕事先への帰途の運転行為中に事故が発生したような場合、被告鈴木の運転行為は、外形的、客観的に観察すれば、被用者の職務行為の範囲内に属することは明らかであり、したがつて被告池本は民法七一五条の責任を免れ得ないものというべきである。

四  損害について

前掲甲第八号証、いずれも成立に争いのない同第一三号証の一、二並びに原告本人尋問の結果及びこれにより原告主張の写真であると認める同第一四号証の一ないし四を総合すると、本件事故により、本件家屋及びその内外部に存在していた商品、備品が損壊した事実が認められる。そこで、以下、具体的に各損害につき考察する。

1  本件家屋修理費 四七三、〇〇〇円

原告本人尋問の結果及びこれにより成立を認める甲第二号証によると、原告が本件事故により破損した本件家屋の修理を業者(松本建設こと松本美智夫)に依頼し、同人に修理費として四七三、〇〇〇円を支払つたことが認められるので、原告は同額の損害を被つたものというべきである。

2  クーラー修理費 二九四、〇〇〇円

原告本人尋問の結果及びこれにより成立を認める甲第三号証によると、本件事故により破損したクーラー室外ユニツトの修理費は二九四、〇〇〇円を要することが認められるので、原告は同額の損害を被つたものというべきである。

3  ミシン台パフ487/489(一台)修理費 五〇、〇〇〇円

原告本人尋問の結果によると、本件事故により故障したミシン台パフの修理費は五〇、〇〇〇円を要することが認められるので、原告は同額の損害を被つたものというべきである。

4  クイツクゲージ(一台)修理費 八五、〇〇〇円

原告本人尋問の結果によると、本件事故により損傷したクイツクゲージの修理費は八五、〇〇〇円を要することが認められるので、原告は同額の損害を被つたものというべきである。

5  本立 一一、五〇〇円

前掲甲第一四号証の一、二及び原告本人尋問の結果によると、本件事故により本立が損傷して使用に耐えなくなつたこと、右本立は原告が購入して間がなく、購入時の価額は六、五〇〇円であり原告がベニヤ板を用いてこれに加工したことが認められるので、原告の被つた損害は加工賃五、〇〇〇円を加えた一一、五〇〇円と認めるのが相当である。

6  本箱 一五、〇〇〇円

前掲甲第一四号証の三、四及び原告本人尋問の結果によると、本件事故により本箱が損傷して使用に耐えなくなつたこと、右本箱の価額は一五、〇〇〇円相当であることが認められるので、原告は同額の損害を被つたものというべきである。

7  店の閉店損 九二、三〇七円

まず、出張不能による日当の収益減についてみるに、原告本人は、昭和五六年六月四日、同月五日、同月八日、同月九日、同月一〇日、同月一三日、同月一四日の七日間、自ら本件事故の後始末等のため出張して働くことができなかつた旨供述するけれども、これらの時点に出張の注文があつたと認めるに足りる証拠は何もなく、結局右損害を算定するに足りる根拠はないというべきである。

次に、店の閉店による営業の収益減についてみるに、原告本人尋問の結果によると、原告の一か月の売上が一五〇万円から二〇〇万円で、純益はその二割から二割五分位ということであるから、原告の月収は少なくとも三〇万円を下らないこと、本件事故により昭和五六年六月四日から同月一二日まで平日で八日間開店できなかつた(同月の平日は二六日間)ことが認められる。してみると、原告が被つた損害は少なくとも九二、三〇七円を下らないものというべきである。

8  コカコーラ販売休損について

原告本人は、本件家屋(兼店舗)の店先に置いたコカコーラの自動販売機が本件事故により昭和五六年六月四日から同月二八日までの二五日間使用できなかつたので、一日一五本(一本当たりの利益二五円)を売れるとして合計九、三七五円の損害を被つた旨供述するけれども、これは原告の単なる憶測に過ぎないのであるから、他にこれを根拠づける証拠が存しない以上、その全額につき本件事故による損害とは認め難い。

9  慰藉料について

原告は、慰藉料請求の根拠として営業ができなかつたこと、全治七日間の受傷をしたことを主張しているが、原告本人尋問の結果によると、原告が本件事故により被つた精神的苦痛は主として前者の営業ができなかつたことによるものであることが認められる。してみると、すでに物損及び営業損について、被告らの損害賠償責任を認め、その損害が填補されているのであるから、受傷の点を考慮に入れても、もはや原告には精神的損害が存しないと認めるのが相当であり、右認定を左右するに足りる証拠はない。

10  弁護士費用 一二〇、〇〇〇円

原告は本訴の提起、追行を弁護士である原告訴訟代理人に委任し、その費用及び報酬として相当額の支払を約していることが弁論の全趣旨により認められるところ、本件事案の性質、審理の経過及び認容額等に鑑みると、原告が本件事故による損害として賠償を求めうる弁護士費用の額は一二〇、〇〇〇円と認めるのが相当である。

五  結論

以上の次第であるから、原告の本訴請求は、被告らに対し、各自、一、一四〇、八〇七円及びうち一、〇二〇、八〇七円に対する本件事故当日である昭和五六年六月三日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度において理由があるからこれを認容し、その余の請求はいずれも理由がないことからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条本文、九三条一項但書、仮執行の宣言につき同法第一九六条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 白石嘉章)

物件目録

倉敷市児島下の町八丁目三〇七番地四

家屋番号 三〇七番四

木造瓦葺二階建居宅

床面積 一階 九九・七二平方メートル

二階 七八・二八平方メートル

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